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2008年5月17日 (土)

Moon over the Castleアンドマレーシアのゲーム事情

グラントゥ~~~~~リズモ!Simacherです。

「アンド毎度おなじみ、監督に振りまわされるB助です」

あんたは振り回されてりゃいいの。俺はGT1からGT3Aまで100%クリアしたんだから。登場作品がいまのとこGT4だけなんだから十分ありがたいと思え。GT5にも実装されるといいな、B助。

「ええいくそ、ポリデジさん、GT5には絶対にBスペックを盛り込まないでくださいっ!」

そもそも自分はPS3を持ってないから、、、

「さっさと買え」

まあ、話を引き戻しましょう。Moon over the Castle。なんだかわかりますか?「城の上の月」って、司馬遼太郎ではありません。グランツファンなら絶対にピンときます。そうです。「グランツーリスモ」シリーズに、初代からOP曲として使われている音楽です。前振り部分は1作ごとにちがって(GT1は管弦楽みたいなものでサビのメロディーを演奏、GT2はピアノ、GT3Aはなんだかわけわかんない「ひゅううう~」という音、GT4はこれまたわけわかんない女の人が歌いまくる)、そのあとエレキ、ドラムが参入してじゃかじゃかじゃーん、となるわけです。なお、GTの外伝的な作品であるTokyo 2001、GT4P、GT5Pには使われていません。GT5本編のイントロがどういうアレンジになるのか楽しみです。

また、T-SQUAREが、この曲を「Knight's song」という名でカバーしています。こちらもまた一味違った曲で、なかなかいいです。また、「Generation 3」ではアレンジがかなり過激です(後半ほとんど同じですが)。また、GT2のOSTには「MotC(Moon over the Castle) Type-R」というのが入っていて、これまたイントロが違います。

GT1 OP:http://www.youtube.com/watch?v=a1cXjBV-lJA

GT2 OP:http://www.youtube.com/watch?v=M8O3dqSaAV8&feature=related

GT3 OP:http://www.youtube.com/watch?v=U1vccxhwVVQ&feature=related

GT4 OP:http://www.youtube.com/watch?v=DKo8MGd4Alg&feature=related

GT5 MotC:http://www.youtube.com/watch?v=RPgpECF7tvA&feature=related 秀逸。

Knight's Song:http://www.youtube.com/watch?v=vTQXIkcUipM&feature=related

Knight's song Gen.3:http://www.youtube.com/watch?v=FdL5FqK5saA&feature=related

MotC GT2版:http://www.youtube.com/watch?v=kQMlzcbfz0I&feature=related

MotC Type-R:http://www.youtube.com/watch?v=1vqQgX71taU&feature=related

以下、マレーシアのゲーム事情。首都KLのほうはわかりませんが、私がB助と住んでいる(笑)地区では、おどろくなかれ正規のゲームを扱う店が1軒もありません。しかし、それはあくまで「正規の」であり、「正規じゃないの(海賊版)」ならいっぱいあります。当局は一応、検挙に来たりしますが、不思議と逮捕される人はいません。せいぜい注意されて、2、3日ソフトを仕舞い込むくらいです。なので、いつでも8リンギ(300円±)でPS2のゲームが買えます。よく行くのは、近場にあるショッピングセンター内のゲーム屋です(B助ともここで会いました)。ここのおっさんとはすっかり顔見知りです。おっさんもGT好きなようで、店のカウンター隅に32’の液晶TVを置いて、GT4のOPをひっきりなしに流しています。

しかし、所詮は海賊版。日本よアメリカなどから正規品のPS2を持ってきても動きません。動かすためには、正規品をMODして海賊版が動くようにするか(保障対象外)、すでにMODされたPS2を600リンギ(2万円±)で買うしかありません。自分はたまたま正規品(USA版)のPS2を持っており、180リンギ(6000円くらい)でMODしてもらいました。不思議な事に、海賊版MODを入れてあちこちのゲーム屋でゲームを買うのですが、なんとあっちの店のディスクは動くのに、こっちの店で買ったディスクが動かねえという現象がおきるのです。また、運良く動いても、ゲーム中にフリーズする確率が70%以上です。GTA:SAの最終ミッションをノーチートでクリアしてムービーシーンで動かなくなったり、GT4がOP画面のあとで動かなくなったりするのなんてざらです。でも正規品が無いので、涙を呑むしかありません。

余談。海賊版はUSA版からコピーしているようで、GT4のOP曲は「PANAMA」(Van Halen)です:http://www.youtube.com/watch?v=U1PO3Mtu2Lo&feature=related いいといえばいいんだけど、ちょっと違和感。

2008年5月15日 (木)

トミカとSimacher

ハッチバックへの変更までしてWRC参戦継続するインプ、セダンボディーにこだわってWRCから潔く退いた(といっても撤退理由はそれじゃないんだけど)エボ・・・Simacherです。

「出ましたね、変な挨拶ぶちかましまくってる監督が」

なんか言ったか?

「あ、いや」

ま、いいや。今日のテーマはトミカ。車好きなら1台くらい持ってるはずですね。Simacherはガキのころから買いまくり、現在のコレクションはすでに500台以上(正確な台数は誰も知らない・・・orz)!リミテッドもS-GTシリーズ全制覇、プラスEVO4とか丸目インプとかNSXとか2000GTとかGT-R LMとかを買い込んでいるので、棚の床がすでにねじ2本でかろうじてつながっている状態です。最近買ったのは「シビックタイプR」(スポコンを最近あまり出していないトミカにしては珍しい)、「スウィフトスポーツラリーカップカー」(このカラーリングセンス何とかしてくれ。去年のルノーよりひでえ)、「光岡オロチ」(紫が美しい。来週発売予定のリミテッドも欲しいな。次の木曜に日本に2週間くらい帰省するのでそのさい購入予定)、「トミカリミテッド カローラレビンTE71」(オヤジの誕生日プレゼント。何を隠そうオヤジが免許を取ってはじめて乗った車。なんと色も同じ!免許とって始めて乗ったのがこいつとはツイてるぜ。オヤジは相好を崩してよろこんでますた)、「トヨタヴォクシー」(現在のオヤジの愛車)など。「最近」だけでこんなに買ってるんだから、こりゃもう一種の病気か。アル中ならぬトミ中ww

で、挨拶の意味。まずは此処のサイトを見てください:http://www.takaratomy.co.jp/products/tomica/new/index.htm

トミカの新製品情報ですが、「2008年7月19日発売予定」のところを見てください。最新型インプ!EVO-Xのリミテッド!J's2大スポーツセダンの競演!!欲しい~~ ハッチバックのインプなんか腐ってるとは思うけど、やっぱりインプ好きとしては欲しい。EVO-Xはトミカを買いそびれているので、この際奮発してリミテッドで手に入れたいなあ。

あと、先のS-GT第3戦で、坂東のおっさんがマシンをレクサスISにスイッチしてましたが、あれはあれでなかなかいけてますね(色が)。ウェッズカラーは好きです。トミカで出ないかなあ(B助:出ないって)。

2008年5月14日 (水)

新生フェラーリ、発表

「Ferrari California」

昨日発表されたフェラーリの新モデル、フェラーリカリフォルニア。エンジンは612に搭載されているV8。0-100キロは4秒以内。すげえ。現時点では、カウントダウンサイトでエンジン音が聴けます。公式リリースまであと6日。待ち遠しいなあ。また、カウントダウンサイト(http://www.ferraricalifornia.com/webapp/ )で壁紙が3つ公開されています。このデザインは個人的に「?」ですが、、、後ろから見たら599GTBフィオラノ、横から見たら430スパイダー、前から見たらトミーカイラZZ2(グランツファン以外でこの車知ってる人っていないだろうな。多分)の面影があります。PDF形式のプレスリリースもDLできます。

以下、日記。現在、「スーパーアグリ・SA08A スペインGP」が最終段階に入っています。型紙はMETMANIAさんのBAR 005の改造、他に特製台座も作る予定です(「前のSA07の使いまわしだろ、どうせ」なんて言っちゃいけません。正解だけど・・・)。METMANIAさんの承認を得られれば、ここで公開しようかな、とも思っています。このほかにSA05も大昔に製作した失敗作が残っているので、これを手直しすればSA05-SA07-SA08Aがそろう事になりますね。でも公開は考えてませんが・・・彗星の如くF1界に現れ、私たちに「闘魂」の本当の姿を見せつけ、感動を与え、そして消えていったSAF1、、、将来を期待されていただけに惜しいです。

2008年5月12日 (月)

トルコGP 決勝

跳ね馬止まんねー!Simacherです。以下レポート。

スーパーアグリなきトルコGP、予選方式が変更され、Q1/Q2でバンプアウトされる台数が5台ずつに。バリケロおじさんの出走回数が257に、鉄人パトレーゼの記録を抜く。トルコにめっぽう強いマッサがPP。以下コバ-黒こげ-酒飲み-タレ目-オージー。トップ4が27秒台、以下は28秒台くらい。

決勝、無難にスタートを決めたマッサとは対照的に、1コーナーで失敗して眉毛に交わされ6位に落ちた酒飲み。テレビの前で頭を抱えるSimacher。一方、後ろのほうでは、メガネヲタ・ブルデーにブロックされたフィジコが中嶋の背後に特攻。フィジは即リタイア、中嶋はRウィングを飛ばされ、ピットまではたどり着くものの結局リタイア。しっかりしろ、フィジコ。

2週目、コバが何かを踏んづけたか、ピットイン。18位に落ちる。酒飲みが裏ストレートで眉毛をぶち抜く。ハミルトンがかなり早い段階で一回目ピットイン。どうしたのかと思ってみていると、なんとタイムが6.4。パンツ変えるよか早いぜ。こりゃ3ストップだな。

1回目ピット後、軽い黒こげが重いマッサをコース上でオーバーテイク。見ていてはらはらしたが、マッサは難なくピット作戦でトップ奪還。26週目、12コーナーでメガネが砂につっかかってリタイア。その後、3回目ピットストップから出てきた黒こげに酒飲みが迫るが、最後まで抜けなかった。酒が切れたのか?(笑)

フィニッシュラインはマッサ-黒こげ-酒飲み-タレ目-肉-眉毛-オージー-ロスベルグ。マッサ、トルコ3連覇。次のモナコはフェラーリにいいとこがないコースとして(こっちでは)有名。マクが上昇気流に乗っちまうか、赤組が守りきるか?次戦モナコ、Simacherは野暮用で観戦できません。ぐすん。

2008年5月 8日 (木)

Grazie,GILLES

ありがとう、ジル・・・Simacherです。

今日は、ジル・ヴィルニューブの命日です。1982年のこの日のベルギーGP予選で、彼は亡くなりました。

デビューは77年イギリス。フェラーリドライバーのイメージが強いジルですが、このときはまだマクラーレンの3台目に乗っていました。そのレースでの走りっぷりがエンツィオ・フェラーリの目に留まり、晴れて赤組に引き抜かれます。フェラーリで決勝を走ったのは同年カナダGPが最初(ラウダがチームとの確執でフェラーリを離れた事による空席埋め的な意味合いもありましたが)。しかし、77年F1・イン・ジャパンで、ピーターソンのティレルに追突した彼は、立ち入り禁止区域にいた観客数人を巻き込む死亡事故を起こします。純粋なレーシングアクシデントで、観客側に責任がありましたが、当時の日本はまだモータースポーツへの理解がなく(今でもある意味無いですが)、ジルは書類送検された上に入国禁止を食らいます。

翌78年カナダGPで初優勝。熱い走りで当時エースだったチームメイト、カルロス・ロイテマンがチームを追い出されます。新人の起用にあまりいい顔をしないティフォシも、彼のことを認め始めます。

79年は彼のベストシーズンとなりました。南ア、アメリカ西、アメリカの3つのGPで勝利を挙げ、一時チャンピオン候補と目されますが、結局ジョディ・シェクターのNo.2としての立場を守り、4pt差でランキング2位(本人いわく「チャンピオンは獲りたかった」のだが)。フランスGPで、ルネ・アルヌーと熾烈な2位争いを繰り広げ、彼のベストレースのひとつに数えられるようになります(激しい接近戦といえば92年モナコですが、それよりもインパクトがあったといわれています)。

80年、3年前からロータスが導入した「グランドエフェクトカー」(サイドポンツーン部分をウィング形状にすることにより、車体下部に真空地帯を作り出し、車体全体でダウンフォースを稼ぐ車。ウィングカーと同義。空気を遮断する部分が少しでも損傷するとコントロールできなくなる上に、マシンが段差を拾って跳ね上がると、継続的にぴょんぴょんはねる事になってしまい非常に危険。98年ルマン、CLK-GTRの空中3回転もこれが原因。またドライバーの負担が大きい事もあり、F1では禁止された。今でもIRLやGP2では使用されている。余談だが、殆どのレーシングマシンに装着されているディフューザーは、部分的にこのグランドエフェクトを生み出すシステムになっている)の構造をフェラーリも使用。しかしグランドエフェクトカーとフェラーリのフラット12は相性が悪く、うまくダウンフォースを稼げずに大苦戦。予選落ちまで喫する散々なシーズンに。それでもジルはあきらめずに、ティフォシたちのために激走。シェクターがF1を引退し、かわりにディディエ・ピローニが加入。念願のフェラーリエースになります。

81年、エンジンはターボ化されましたが、シャーシがウ○コでマシンの挙動が安定せず、総合バランスの悪いマシンに。しかし、モナコとスペインで勝利を挙げ、ランキング7位。また、地元カナダGPで、フロントノーズがめくれて視界がさえぎられ、さらには終盤でノーズがまるごと抜け落ちますが、そのまま走って3位。

82年、ようやくまっとうな新車126C2を手に入れ(ハーベイ・ポスルスウェイトの手による)、自信満々でシーズンをスタート。しかし、第一・第二戦はリタイア、第三戦は失格処分を食らい、第四戦サンマリノを迎えます。しかし、誰もこのGPが悲劇の伏線になるとは思いませんでした。

FISA系チームとFOCA系チームの対立により出走がFOCA側の14台のみとなったサンマリノ。3位のアルボレートに1分近く差をつけ、ジル-ピローニの順でランデブー。燃料に不安があったチーム側は2台にペースキープを指示。その後、「ジルが先頭」というチームオーダーが存在したにもかかわらずピローニがジルをオーバーテイク。ジルは「台数の少なくつまらないレースで観客を楽しませるためのパフォーマンス」と捉え、1度は抜き返しましたが、レースがファイナルラップに差し掛かった時点でピローニが再度オーバーテイク。ジルはペースを上げて懸命に抜き返そうとするも届かず、結局ピローニ-ジルの順でゴール。ジルは激怒します。両者の確執はここで表面化しました。

続くベルギーグランプリ、ゾルダー。予選2日目、ピローニにタイムで上回られたと聞くなり、ジルはコースイン。タイムがなかなか更新できずにコースを回るジルは、コース後半、森のセクションにさしかかります。S字から右コーナーへ続く複合カーブで、ここで速度を落とすと大きなタイムロスになります。全速力でアタックするジルの前に、ヨッヘン・マスのマーチがスロー走行ではしっている状態で、最初の左、ジルはアウトラインから抜こうとしますが、マスはインを譲ろうと、ジルにかぶせるようにアウトへラインを移します。急速に2台の間合いが縮まります。よけるための時間はあまりに短すぎました。

―ジルのマシンが空中で大きく弧を描き、マスのマシンを飛び越えます。衝撃でシートベルトがちぎれ、ジルはマシンから放り出され、コース脇に壊れた人形のように投げ出され・・・・・・

チャンピオンに後1歩まで肉薄し、1ラップに賭ける執念とは何ぞやとの回答を見せたフェラーリドライバーは、頚椎骨折で当日午後9時ごろ、天に召されました。15年の後、父親が一生をかけても果たせなかった夢を、息子ジャックが達成します。彼との確執を取り沙汰されたピローニは、実はジルに対して友情すら感じており、その後カナダでPPを取った際、「此処にいるべき人間がいない」といって涙しました。しかし、その後のドイツGP。大雨に見舞われた予選でピローニはプロストのマシンに乗り上げ、両足を複雑骨折し、F1ドライバーとしてのキャリアを絶たれました(プロストの雨嫌いの原因)。その後、87年にパワーボートの事故で他界しています。2人の抜けた後に加入したマリオ・アンドレッティとパトリック・タンベイの尽力で、コンストラクターチャンピオンは獲得しましたが、フェラーリにとっては暗黒の1年となったのです。

なお、自分はこの頃はまだF1よりWRCに興味があったので、F1は殆ど見ていませんでしたが、F1好きの知人から情報を入手しました。

ジル・ヴィルニューブ 1950年1月18日生~1982年5月8日没

Grazie,GILLES・・・

2008年5月 6日 (火)

スーパーアグリ、無念のF1撤退

大変な事になりました・・・Simacherです。まずは下のサイトを見てください:

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080506-00000023-nks-moto

アグリはデビューしたときから好きでした。夢の純国産チーム。途中で井出がクビになったり、SSユナイテッドに夜逃げされたり、かの悪名高きCEO、クソ肉揚げ・ニックフライにいぢめられたりしてたけど、特に去年のパフォーマンスはすごかった。スペインGPでの琢磨の激走、初ポイント獲得。続くカナダGPでの、琢磨の魂のオーバーテイク。どちらも、見ているものに感動を与える、真の意味でのレースでした。

しっかしまあ、ホント肉揚げはこの手で絞め殺してやりたい。なんでまたマグマと「99パーセント合意」にまで達したのにそれを破談させなきゃいけないわけよ?キサマはアグリを見殺しにしてるわけか。おい。アグリに「技術支援うんぬん」っていったのはホンダ自身だぜ?こんなことしてていいのかよ?しかもキサマ、FOMに勝手に「トルコでSAF1は走らん」なんて言う権利を持ってんのかよ!?(通告したのがホンダ本社ならわからなくも無いけど)ニックフライなんか死ねばいいのに。(このあたり、日本語が壊れてますが、あくまで愚痴です)

そもそもことの発端は05年バトンのわがまま。不振だったホンダに見切りをつけてウィリアムズ里帰りを発表したまではよかった。ところが、土壇場でウィリアムズが来季(06年シーズン)のBMWエンジンを喪失。ここでバトンは、なんと違約金を自腹で払い、BAR(ホンダ)残留を希望。すでにバリケロの枠が決まっていたため、琢磨は半ば追い出される形でBARを後に(一応、テスターとしての残留も提示されたけど)。その琢磨を走らせるためのチームがSAF1でした。

アグリさん、琢磨、デビッドソン、井出、左近、モンタニー、ダニエル・オーデット以下チームスタッフのみなさん、そして逆境の中でもSAF1を見捨てなかったスポンサーのみなさん、夢と感動をありがとう!!! アグリさん、SAF1を手放してもS-GTチャンピオンのARTAがあるさ、ファンは永遠にあなたの味方だ!

記念に、SAF1ペパクラでも作ろうかと思っています(またかよ)。これで現在、ペパクラ2丁掛けということになりますが、アグリモデルを優先していこうと思います。

最後に一言。アグリさん、またF1に戻ってきてね!私たちはあなたを待っている!!We're waitin' for you!!!

2008年5月 1日 (木)

追悼 アイルトン・セナ

汝の御霊は永遠に・・・Simacherです。

「何すかその変な挨拶は?」

変?

「いや、変といえばいっつも監督は変な挨拶しかしてないけど・・・」

おいおい。なんか今聞き捨てならない事をいわれた気がするが、、、

「あ、いや、なんでもないです。忘れてくだされ」

まあ、前置きはこのくらいにして。今日は5月1日。この日といえばメーデー(マレーシアでは祝日)だとか、この日といえば5月の最初の日だとか、いろいろ言う人は多いでしょうが、5月1日はモータースポーツ界に大きな影を落とした日でもあるのです。

そう、アイルトン・セナ。1994年5月1日のF1・サンマリノGP、彼は天に召されました。その前後の状況を少し。

4月29日の予選1日目。ヴァリアンテ・バッサでジョーダン・ハートを駆るバリケロが縁石に乗り上げて飛び上がり、タイヤバリアの上端に接触。弾みで空中アクロバットをやってのけた後、天地逆になって着地。鼻などを骨折したバリケロは、腕をギプスで固められてしまい、運転が不能に。決勝は欠席することに(なお、マレーシアでは予選1日目は中継していなかったので、翌日=予選2日目の冒頭で知りました)。

4月30日の予選2日目、GP最初の死者が出ます。シムテック・フォードに乗ったロランド・ラッツェンバーガーが右緩コーナー・ヴィルヌーブを曲がりきれず、アウトのウォールに激突。モノコックはかろうじて原型をとどめていたものの、頭蓋底骨折を起こしていたラッツェンバーガーはほぼ即死の状態で、予選は40分を残して赤旗中断。テレビの前で彼の死を知り、衝撃を受けました。F1の安全神話が、音を立てて崩れ去った瞬間でした。この時点で、友人数人に電話。「今、ラッツェンバーガーが亡くなった。」反応はいずれも「嘘だろう」、「信じられない」という、自分の感想と同じものでした。

そして、アウトドローモ・エンツィオ・エ・ディノ・フェラーリは、F1史上最も暗黒な日を迎えます。前日の予選は、生涯最後、65回目のPPを獲得したセナ、以下順にシューマッハ-ベルガー-ヒル-レート。深夜放送のTVにかじりつく自分。レーススタート直後、グリッド上で止まっているレートのマシンが映し出されます。次の瞬間、後方から突進してきた1台のマシンが避けきれずに追突。衝突したのはロータス・無限ホンダのペドロ・ラミー。両者に怪我はありませんでしたが、破片で観客8人が怪我。SCが投入されます。以降、5週にわたってSCラップ。

再スタート後のセナを後ろから見ていたシューマッハは、こう証言しています。「リアの車高がかなり落ちていた。セナはマシンをコントロールするのに苦労しているようだったが、とてもあんな重大なトラブルにつながるようには見えなかった。」

そして、運命の7週目。セナの後ろにシューマッハがぴったりと食いつきます。その差約1秒。シューマッハのオンボードカメラには、点のようなセナのマシンが映し出されます。その点が少し右へよれたような気がして、「はて?」と思ったそのとき。セナのマシンにパンしたカメラは、とんでもない光景を全世界へ発信していました。タンブレロコーナーを曲がりきれずに直進したセナは、コンクリートウォールに激突。パーツがざくろのように弾け散り、右半分が大破したウィリアムズ・FW16。黄旗を持ったマーシャルたちが駆け寄り、微動だにしないセナをマシンから引き出します。その後、ヘリコプターで病院へ運ばれたセナですが、深夜1時40分(現地時間6時40分)。一縷の望みを打ち砕く発表がコメンテーターからなされます。「非常に残念な報ですが、アイルトン・セナが天に召されました・・・。」深夜にもかかわらず、友人たちに片っ端から電話しまくります。「セナが死んだ・・・。」翌日の学校でも、かなり大きなニュースになっていました。新聞はトップ記事で紹介するし、セナ特集を組んだりするし、関係者らに独自のインタビューをするし。テレビでも、セナの特別番組が放送されました。

次に自分のセナに関する思い出を少し。私がF1を見始めたのはセナが登場した後でした。そのときはすでに88年や90年のセナは知っていて、ファンになり始めた矢先の出来事でした。92年のモナコGPや93年のオーストラリアGPも見ていました。セナは、他のドライバーたちが持っていない「何か」をもっている―それがファーストインプレッション。現在、セナの記録は殆どミハエル・シューマッハによって塗り替えられ、絶対に追いつけないといわれた65PPの記録すら、彼が更新しました。もちろん、それが強さというものでしょうし、だからこそみんなミハエルが好きなんでしょう。でも、記録をどこまで塗り替えても、それは単なる数字の羅列です。彼の持つレコードを更新しても、彼自身には絶対に追いつけない。アイルトンは、トップに立ったまま、天国へ逝きました。それは「アイルトンには誰も追いつけない」ことを象徴していると思います。シューマッハが00年イタリアGPでセナの41勝に並んだ時、彼は記者会見で泣いていましたが、それは「記録」という形でセナに並んだことを感じたからではないでしょうか。逆に言えば、記録更新という形でしか、セナに追いつき、追い抜くことはできない、ということです。

最後に、セナと関係のある曲。佐藤準の「A Latchkey」は、93~94年の日本のF1中継でエンディングとして使われていた曲で、まるでセナの死を予期していたようです。ピアノ主体のボーカルレスで、心にぐっと来ます。T-SQUAREの「FACES」は、同じくF1でアイルトン・セナが優勝したときに流れていた曲です。これも、セナのイメージに合っている曲ですね。ちなみに、筆頭ライバル、アラン・プロストの曲は「明日への扉」です。なぜマレーシアの中継の曲が無いのかというと、、、単にわかんないだけです・・・orz

「A Latchkey」:http://www.youtube.com/watch?v=CMnoKPyncLA

「Faces」:http://www.youtube.com/watch?v=n39Mh-0bEp0&feature=related

「明日への扉」:http://www.youtube.com/watch?v=QaSLrSs9Xpw&feature=related

そして、現在、「セナもの」ペパクラを画策中です(いつ完成するかわからんですが)。お楽しみに。

Thank you AYRTON, Goodbye SENNA

Thanks, for everything you'd teach us

We'll not forget you, forever...

Rest in Peace

2008年4月28日 (月)

スペインGP 決勝

やったぜ赤組!Simacherです。以下レポート。

予選では、PPキミの後ろに地元のアロンソがつけるという番狂わせ。3番手マッサ、4番手タレ目、5番手黒こげ。

マッサがスタートで眉毛をパス。3コーナーでスピンしたスーティルにフェテルが突撃し、両者リタイア。6週目、今度はピケとブルデーが接触し、やっぱり両者リタイア。7週目にデビッドソンがラジエーターに穴を開け、リタイア。

21週目、トップ陣のピットインでトップに立ったコバライネンが、高速「カンプサ」で直進、クラッシュ。イモラの悲劇を連想して一瞬ヒヤッとなりましたが、幸い本人は無事。33週目、26週目のピットアウトでフィジケラと接触し、ノーズコーンをぶっ壊したバリケロがリタイア。出走256回目の完走はなりませんでした。34週目、軽タンク作戦が失敗して順位を落としながらも健闘していた眉毛がエンジンブロー、リタイア。地元ファンの目の前です。去年のイタリアGPのマッサみたいな心境だったのかな? さらに41週目、今度はロズベルグがエンジンから白煙を噴き、リタイア。

最終的な結果は、キミ-マッサ-黒こげ-タレ目-オージー-バトン-中嶋-つるーり。コバライネンの事故でSC中にピットインしたヒゲは、10秒ペナを食らって9位。琢磨は一時9位を走行するなど健闘したが13位フィニッシュ。

2008年4月25日 (金)

周傑倫の歌-枫

1日2投稿・・・Simacherです。前の車種当ては日付が変わったころに書いていて、これは朝9時に書いてるので、「1日2投稿」にはならないかな?

今回紹介するのは、自分の大好きな歌手、周傑倫(ジェイ・チョウ)の歌・楓です(スピッツじゃないよ)。アルバム「十一月的萧邦」に収録されています。

MVの話は、友人の彼女が好きなんだけどなかなか口に出せないジェイ君。ある日彼は携帯電話を忘れていきます。友人は彼女にケータイを届けさせ、彼女はジェイ宅に来訪。そこで彼女が見たものは・・・という話。歌詞もなかなかよく、僕には歌いやすい音程なのか、すっかり持ち歌となっています。PVはこちら:http://www.youtube.com/watch?v=puMLwL_xiBg

ところで、以下個人的な話になりますが、この歌には苦い思い出がこもっています。昔、好きな人がいましたが、その人からはかまってもらえません。ある日、その人の好きな歌がこれだと聞きつけ、それ以来この歌を猛烈に練習。でもその人からはやはりかまってもらえないまま離れて行きました・・・うん。(涙)

歌詞(原文):

乌云在我们心里搁下一块阴影 我聆听沉寂已久的心情

清晰透明 就像美丽的风景 总在回忆里才看的清



*被伤透的心能不能够继续爱我 我用力牵起没温度的双手

 过往温柔 已经被时间上锁 只剩挥散不去的难过


#缓缓掉落的枫叶像思念 我点燃烛火温暖岁末的秋天

 极光掠过天边 北风掠过想你的容颜

 我把爱烧成了落叶 却换不回熟悉的那张脸

 缓缓掉落的枫叶像思念 为何挽回要赶在冬天来之前

 爱你穿越时间 两行来自秋末的眼泪

 让爱渗透了地面 我要的只是你在我身边

* Repeat

在山腰间飘逸的红雨 随著北风凋零 我轻轻摇曳风铃

想唤醒被遗弃的爱情

雪花已铺满了地 深怕窗外枫叶已结成冰

# Repeat

歌詞(和訳。多少アレンジしています):

黒雲が僕らの心に影を落とす 心の音に耳を澄ます

きれいな風景のように澄み切って 記憶の中でしか見えない

*傷ついた心で僕を愛してくれますか 冷たい両手を握る

 過去の優しさは時間に封印される 振り切れない悲しみを残して

#舞い落ちる楓の葉は思い出のよう 消えそうな秋をろうそくで暖める

 オーロラが空を掠める 北風が君の顔を奪い去る

 愛を焼いて落ち葉にしても あの顔は呼び戻せない

 舞い落ちる楓の葉は思い出のよう なぜ冬の前に引き止めるの

 時間を越えて君を愛する 晩秋からの涙

 愛を地面に染み込ませる 君がそばにいればいい

* Repeat

山麓に舞う紅い雨 北風とともに散る 僕は風鈴を鳴らす

遺された愛を呼び覚ましたい 

雪が降り積もる 窓の外の楓も凍って

# Repeat

どうです?いい歌でしょう?

車種当てクイズ

最近忙しい・・・Simacherです。何が忙しいかって、現在オリジナルのフェラーリF1ペパクラを製作中なのです。

このペパクラは、Kyojiさんがご自身のブログ「Craft_Blog」で公開されている「マクラーレンMP4/5B」を改造したもので、その年代のマシンとなります。Craft_BlogのURLはこちら:

http://craft-photo.air-nifty.com/blog/

一般公開できるクオリティーではないですが、このクイズで正解された方にはこのペパクラの型紙をプレゼトンしちゃおうかなとも思っています。回答は、コメント欄に「このマシンの名前」と「そう思った理由」を書いてください。メアドもお忘れなく(正解者が複数の場合は抽選とさせていただきます)。締め切りは来週あたりじゃないでしょうか?(←アバウト)

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«シェルマレーシア ミニカーキャンペーン

リンクリスト

  • アカクテハヤイ フェラーリエフワン
    フェラーリミニカーコレクター兼ティフォシ、Shigeoさんのサイト。なんと1日1更新! Simacherにはとても真似できないっす。
  • F1ドライバーカタログ
    1950年からのF1レーサーをすべて網羅。結構充実していますが、最近は更新が止まっています。
  • METMANIA-FAN
    METMANIAさんのFANサイト。オリジナルのプチFシリーズは一見の価値あり。
  • METMANIA
    私のぺパクラの原点とも言えるサイト。ヘルメットやF1のペパクラは圧巻。